お疲れ様です、福嶋です。
寒いですね、南国のくせに。
基本的に電動車椅子で行き来する僕は、ちゃんと、“暦どおり”を満喫させていただいています。
この“寒さ”というものは、「身にしみる」という表現があるように、肌を通して身体の芯まで深く感じるのが一般的なのかもしれません。
ですが、僕の場合、それに併せて、「頭にしみる」という独特の感じ方があります。
それはどういうことかといいますと…

この画像でおわかりいただけるのではないかと思うのですが、この髪型のおかげで、僕は、頭皮から外気の寒暖をダイレクトに感じることができるのです。
で、寒さ・冷たさの場合が「頭にしみる」ということです。
今回の年末年始のように冷え込みが厳しくなると、頭にしみ「まくって」、さすがに“後悔”の二文字が頭に浮かんできたりもします。
でも、止めません。
髪を切らないでいると、耳周りとか、襟足とか、地味に伸びちゃってみっともなくなるし…
伸びてくると全体的にうねりが出てきて、坊主にすることで隠している天パがバレちゃうし…
そして、なにより、今や、「坊主頭」は自分のアイデンティティとなっているといいうるものであり、だからこそ、それを、自ら否定することは到底できるわけはないのです。
ここで、気付いたです。
あ、これこそ、「自立」における「自己選択・自己決定・自己責任」のひとつの形だな、って。
寒さが厳しくても(あらかじめ、そういう時季がやってくることが分かっていても)、誰に言われるでもなく坊主頭を「自己選択」して、誰に強制されるわけでもなく坊主頭を「自己決定」して、寒さのために坊主頭の方から凍えるような思いをしなければならないという不利益についても周囲に当たることなく自分で引き受けるという「自己責任」を成し遂げているわけです。
これは、ある部分で“愚行権”の行使の一種なのかもしれません。
少なくとも、合理的な行動ではないでしょう。
そうなのです、”あえて”、不合理を選んでいるんです。
でも、まったくかまいません。
他者に迷惑をかけることは避けるべきだと考えていますが、そうならない限り、自分の行動、自分のやりたいことは自分で決めていいし、他者が決めるものではないでしょう。
それが「自立」なのだろうと思っています。