みなさん、こんにちは。CILひかりの川﨑です。
先日、12月1日に浄土真宗本願寺派鹿児島別院で開催された「親子の語らいカフェ」にお招きいただき、お話しさせていただいたのですが、その時の様子が12月9日付の『文化時報』に掲載されました。
とても丁寧に取材していただき、僕が日頃から伝えている「自立」や「社会との関わり」についての思いをしっかり記事にまとめていただきました。今日はその記事の内容に触れながら、改めて感じていることを書きたいと思います。
■「驚き」が「日常」に変わるまで
講演では、私が地域の小学校に通っていた頃の話をしました。 入学当初は母の付き添いが条件でしたが、徐々にその時間は減り、周りの友達や先生も僕のいる風景に慣れていきました。
最初は人工呼吸器や車椅子を見て「驚かれる」ことも多かったです。でも、毎日一緒にいれば、それはただの「日常」になります。 「見慣れる」ことで、障害のある人間が風景の一部として溶け込んでいく。 これこそが、僕が思う「インクルーシブな社会」の第一歩なんだと思います。
■科学の進歩と、僕たちの居場所
記事では、少し踏み込んだ話も取り上げていただきました。 僕の障害であるSMA(脊髄性筋萎縮症)は、治療薬の開発が進んでいます。これは素晴らしいことですが、同時に複雑な思いもあります。
かつて入院していた病院では、プライバシーのない環境や、集団での入浴介助など、「人」として扱われているのか不安になるような経験もしました。 科学が進歩し、障害が「治るもの・無くせるもの」とだけ捉えられるようになると、「じゃあ障害のあるまま生きている僕たちの居場所は?」という不安、いわゆる優生思想への懸念を感じずにはいられません。
どんなに技術が進んでも、今ある僕たちの命や生活が、狭い場所に押し込められるようなことがあってはならない。そう強く思っています。
■「外部」と関わることが、成長の糧になる
当日参加された親御さんたちには、こんなメッセージを送りました。
「外部と関わることで、子供は成長します」
障害のある子の親御さんは、どうしても「自分が守らなきゃ」と抱え込んでしまいがちです。でも、ヘルパーさんや福祉サービスなど、家族以外の大人と関わることは、決して「親の怠慢」ではありません。むしろ、その関わりこそが、子供の人格形成や自立心を育む大切な糧になります。
「障害のあることは、決して悪いことじゃない。他の子と変わらない人生を送れるんです」
そのことを、僕自身の生活を通じて、これからも証明し続けていきたいと思っています。
【お知らせ】
記事の末尾でも紹介していただきましたが、明日も講演の機会をいただいています。
日程: 12月16日(火) 時間: 午後3時〜4時 場所: 妙行寺(鹿児島市和田) 演題: 「僕は障害者に生まれて良かった〜ともに生きる地域社会」
お近くの方は、ぜひお越しください。 こうしてメディアに取り上げていただくことで、一人でも多くの方に「自立生活」という選択肢が届くことを願っています。
