夢見た医療現場と私を奪った現実

はじめまして
当事者スタッフの浜村です
今回は、はじめましてということで
まずは自分の自己紹介から。
(誰も興味ないはず笑)
私は低出性体重で生まれて、脳性麻痺の障害を持っています。
高校2年生の時に腸疾患を発病して
経鼻胃管栄養という医療的ケアが必要です。
性格は基本、人見知りです笑

さて、本題の「夢見た医療現場と私を奪った現実」についてお話ししたいと思います。
 なんや、それー笑
少し長くなるかもしれませんが
お付き合い頂ける方はそっと覗いてもらえると嬉しいです。
(こいつ、なげーーと思う方は
遠慮なくスルーしてください笑)

私は、幼い頃から医療の現場で働くことを
夢見ていました。
自分がいちばんつらかったあの日
私の涙をそっと拭いてくれた医療従事者のように
自分と同じように頑張ってる子どもたちに
寄り添いたかったためです。

子どもたちの身体に寄り添う理学療法士
子どもたちの命を守る看護師
私にとって、どちらもありがたい存在で
憧れで、とても悩んでいました。

が、医療行為や急変対応など

できた方がいいと思い

看護師志望の方が強くなっていきました。

ただ、自分には障害があることは

わかっていました。
幼い頃は自分の障害に対しても理解できるわけがなく、ただがむしゃらに、ただ直向きに
リハビリを頑張れば歩けるようになる
そう信じてただただ、目の前に向かって
頑張っていました。

しかしながら

現実はそう甘くはありませんでした。
私の障害は進行性ではないけど
成長とともに
どんどん動かなくなっていくからだ
追いつかないこころ
私だけ、なんで?なんで?なんで?
私だって、誰かにお世話になるばっかりでな
く、誰かの役に立ちたかった。

周りの同級生たちはみんな
なりたい道に進んで、おめでとうと応援しながらも、どこかつらくて羨ましくて
心から応援できませんでした。

仕事をするということは、どんな仕事でも
責任は伴うし、指示待ちでは通らない。
ある程度、自分で考えて動くこともできなきゃ
いけない。
怖い看護師さんもいるかもしれません。

でもそれでも私はそれを乗り越えて
夜勤もバリバリして、リーダー業務もこなして
効率よく動けて、かつ、患者さんに寄り添える
一人前の看護師になりたかった。
私の極めたかった分野は、NICU・小児病棟
→重症児デイ看護師
総合病院である程度経験を積んで
その後、重症児デイで働きたかった。

でも、障害や病気のせいで
私はこの夢を諦めざるを得ませんでした。
夢を障害に奪われました。
これが夢見ていた医療現場と
私を奪った現実でした。

そんな中、お世話になっていた児発や放デイの
スタッフ、特別支援学校の先生方が
私の気持ちを汲んでくださり、いろいろな障害を持った子どもたちと関わらせていただきました。
夢見た世界と近いことをさせてもらいました。

絵本を読んだり、ピアノを弾いたり…
私にできる形で関わってきたつもりです。
もちろん、身体的な介助はできません。
悩むこともあって
スタッフや先生方のような支援者ではないから
そこの線引き。
利用者さんとの関わり方。
命を預かっているという責任。

言葉で伝えることが難しい子。
思い通りにいかないとパニックになる子…
気持ちを汲み取って、共感して代弁して…
それの繰り返し…
悩むこともあるけど、楽しさと嬉しさ
やりがいは充分にあって。
お友達の嬉しい、楽しい、できたの瞬間に
そっと寄り添えるのが私の何よりの幸せです。

今のこのひかりは私からしたら
360°別世界に飛び込んでいて…
右も左も分からないことばかり…
やりがいなんて、まだまだ感じられ無い
目の前のことをこなすのに精一杯。
そんな私もいつか、ここにきてよかった
そう思える日が来ますように。
そして今までの経験を違ったかたちで
このひかりに届けることができますように
私にできることを私のペースで
頑張ります

だいぶながーーくなりましたが

最後までご覧いただきありがとうございました🤍🕊️

投稿者について
夢見た医療現場と私を奪った現実

障害当事者スタッフ 浜村 菜乃子

はじめまして
私自身は、脳性麻痺&腸疾患
愛してやまない弟は医療的ケアの必要な重症心身障害児。
明日がくることは当たり前ではない
大好きな弟との日々を大切に𓂃𓈒𓏸 🕊