お疲れ様です、福嶋です。
今回は、便利グッズの紹介もかねて、4月末の福岡出張での話を書きたいと思います。
泊まったホテルは、よくあるユニットバスタイプのお部屋。
普段の僕は入浴介助を受けているのですが、出張中は利用しませんでした。
ユニットバスということは、跨いで浴槽に入らなくてはならないから一抹の不安がありましたが、少なくとも1年半前の出張の際は何とかなったので、今回の何とかなるだろう、と思っていました。
というわけで、今回も独力での入浴に臨みました。
そのときに持っていったのが、吸盤付きの取り外しできる手すり(2本)。
工事なしで、吸盤でペタッと壁や浴槽の縁に取り付けられるやつです。
ホテルや旅館のような「壁に穴を開けられない場所」でも使えるのが最大のメリット。
これ、なかなかの優れものでして、実際、浴槽への出入りなどで大いに役立ちました。
今では自宅の浴室の壁にも取り付けて、毎日大活躍しています。
ところが。
転びました。
洗髪だったか何だったか、手すりから手を離していた瞬間に、ぬらした浴槽の底で足を取られて「すってんころりん」。
立ち上がろうともがいたのですが、特に右脚がまったく言うことをきかず、何度やっても「すってんころりん」。
想定以上に、1年半前に比べて足の持久力が落ちていたようです。
で、そのとき僕が何を考えていたかといいますと。
「いつかは出られるだろうな」
…です。
真っ裸でひっくり返ったまま、体力回復のためと銘打って、浴槽の中で居眠りなんかもしていました。
楽観的というか、能天気というか。悲観的にはまったくなっていなかったのです、不思議と。
そうこうするうちに、結局2時間半ほど経ったところで、何とか浴槽から出ることができました。
そして、翌日以降の研修には、何の支障もありませんでした。
ただ、左膝を中心に、けっこうなアザができていまして。
本人としてはまったく痛くも痒くもないのですが、それを見た方々から、「大変でしたね」「次回以降は
ヘルパーをつけた方がいいですね…」というお声をいただきました。
ありがたいです。
そうした方がいいのかな、とも思います。
でも、素直に「そうですね、次回からそうします」と言えない自分がいるのです。
なぜなのか、自分でもよくわかっていないのですが、少し考えてみました。
ひとつには、「できていたことができなくなった」という事実を、まだうまく受け入れられていないのかもしれません。
1年半前はできていた。
それなのに今回はこうなった。
その落差を、ヘルパーをつけることで”確定”させてしまうような感覚があるのでしょうか。
「次回もヘルパーなしでやれば、もしかしたらうまくいくかもしれない」という、根拠のない期待を手放したくない、というか。
下手に“健常者だった頃”にしがみついている、なんか、いろいろな意味で許容できない姿勢ですね。
もうひとつには、「自分のことは自分で決めたい」という気持ちもあります。
入浴をどうするかは、僕自身の問題です。
転んで2時間半かかったのも、大したケガもなく、翌日の研修にも支障がなかったのも、全部ひっくるめて「僕の経験」なのです。
それを他者に「次回からはこうしなさい」と決められるような気がして、どこかざらっとした感じを覚えるのかもしれません。
もちろん、心配してくださる方々の言葉は、善意からのものです。
そのこと自体はよく分かっています。
でも、善意と正論が重なったとき、人はかえって身動きが取れなくなることがある。
少なくとも、僕はそういうタイプらしい、ということが今回もあらためてよくわかりました。
「障害の受容」とか「中途障害者としての自立」とか、そういう言葉が頭をよぎります。
でも、それがなんなのか、まだまったくわかっていないし、何らの解決もしていません。
ただ、正直に書いておくと、「2時間半、浴槽でもがいていた」あの時間を、僕はそんなに悪いものだとは思っていないのです。
怖くもなかったし、惨めでもなかった。
「まあ、いつかは出られるだろう」と思いながら、居眠りまでしていた。
あの能天気さは、もしかしたら、僕なりの「自立」のひとつの形なのかもしれないな、とも思っています。
答えは、まだ出ていません。
とにもかくにも、次回以降の出張には、折りたたみできる踏み台と、滑り止めマットも追加で持っていくことにしました。
手すりは、もちろん引き続き持っていきます。
とりあえず、転びませんように。